講座関連メニュー

更新履歴

このホームページについて

300年以上の歴史を持つ「四日市祭」について学ぶことで、四日市の文化について考えるきっかけにしようという主旨のもと年十二回の講座を開催する運びとなりました。それに伴い、こちらのホームページから、その講座の日程・会場をお知らせするとともに、四日市の祭りに関する貴重な情報も併せて紹介したいと思います。

富士の巻狩り

Home » 黎り » 人黎 » 富士の巻狩り

南浜田町

四日市祭・富士の巻狩り「富士の巻狩り」は、鎌倉幕府の初代将軍源頼朝が富士の裾野で催した巻狩りの様子を、仮装行列で再現した人黎で、勢子が法螺貝・銅鑼・太鼓を鳴らし、造りもの(ハリボテ)の猪・鹿・ウサギなどが逃げ、子どもが扮した馬に乗った源頼朝以下、北條時政、佐々木高綱、和田義盛などの武者が追い射止める。古典に題材をとった近世都市祭礼における「風流」の古例を示す貴重な民俗行事であり、華やかだった四日市祭の風情を色濃く残している。

その起源は時期・由来ともに詳らかではない。しかし、江戸時代の画家・司馬江漢が江戸から九州へ旅をしたときにつづった「江漢西游日記」の天明8年(1788)7月26日の項に「四日市諏訪祭なり、夜宮にて亀六と参る、京風の山と云ふ物出る、富士の巻狩りのねり物を見物す」とあり、また、安永年間(1772-1781)の四日市祭の各町の黎物として「南浜田 富士の牧(ママ)狩」とあるなど、古くから受け継がれている奉納芸能であったことがわかる。南浜田町は四日市空襲の被害を受けなかったため、奇跡的に道具類が災禍を免れた。

ひときわ目を引く体長4.5メートルの大猪は日露戦争戦勝時に記念して作った大型のものを原形に、修繕しながら受け継がれている。また、武者衣装の中には文政年間や弘化年間の箱書きがあるものもある。