神輿と大山車・舞獅子
「神輿」と「大山車・舞獅子」
四日市祭の中心的な神事は、神輿の渡御と巨大な山車である4輌の「大山車(おおやま)」の曳行でした。
神輿の渡御は西町が担当し、祭の初日(25日)にご神体を神輿に乗せ、猿田彦を先頭に楽人が舞楽を演奏し、水干姿の仕丁に担がれ、西町の御旅所まで静かに行列が進み、翌26日に諏訪神社へ還御。弘化年間(1844-48)に製作された神輿が戦災を免れ、今も西町に保管されています。また、大山車は4輌(西町・北町・濱田・新田町)ありました。大山車は4層構造の巨大な山車で、4層目には御輿が乗り、2層目の前に突き出した部分で獅子が舞われました。
祭礼最終日の27日の本楽では、まず始めに各大山車が諏訪明神の神前に桜の造花を捧げ、お祓いを受ける「花納め」が行なわれます。花納めが終わると、社前で神徳に感謝する舞獅子が奉納され、その後、各町内の「黎物」が濱田村・四日市の順に奉納され、神前への「練り込み」が終わった後は、東海道を南濱田まで練り歩きました。
この中で、大山車は四日市祭において、最も重要な役割を果たすものであり、その創始は詳らかではありませんが、北町大山車の装飾品の中に「延宝7年(1679)」と記されていたといわれ、「享保9年(1724)」に諏訪神社から郡山役所へ提出された明細帳に「濱田より大山車二輌、四日市より二輌、他に練物少々御座候」とあることから、この時代から盛大な四日市祭が執り行われていたと推測されます。